「惡の華」「血の轍」「ぼくは麻理のなか」など、心情描写を特徴とする数々の名作を生み出してきた天才漫画家・押見修造先生
今回は、1人の押見ファンである筆者が、インタビュー記事を大量に読み込み、その中から面白いエピソードや話などを抜粋しました
こじらせ青春漫画の名手と評される奇人・押見先生の変態的?エピソード
それでは、ぜひ最後まで見ていってください!
天才漫画家・押見修造エピソード厳選まとめ【インタビューの面白い部分、妻に言われたことetc…】
志乃ちゃんは自分の名前が言えないはエロ
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』はちょっとエロの範疇に入っているという
僕が言っている「エロ」って、「性的な」という意味では必ずしも無くて
人の内面とか中身とか、人が普段隠している中身みたいなのが出てくる物語を「エロい」という表現をしています
『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』では、志乃が頭の中でずっと考えているのが、モノローグも無く、分かんないままずっと貯めて、最後にバっと出すという表現になっています。たぶん、それがエロなんですかね
有名な話ですが、「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」は、先生が吃音だったから描かれたもの
母音からの発音が苦手という設定や、クラスの自己紹介で笑い者になってしまう場面は、押見先生の実体験が基になっています
自分の言いたいことが伝えられないもどかしさを漫画という形で爆発させることができたそう
押見先生の代名詞・思春期について【僕の中では真っ当な青春なんです】
出典:惡の華 17話
担当に「純愛を描いてください」と言われ、悩み抜いて出した答えが「そうだ!少年たちにトラウマを残してやれ!」
そして出来上がったのが「惡の華」というド変態作品だった
「君に届け」も「スイートプールサイド」も「惡の華」も形は違うけど、同じ青春作品
僕の中では真っ当な青春なんです
僕はもう狂ってるのかもしれない(笑)
ずっと、自分の感情が自分のものではない感じで生きてきているので・・・
話すと長いのではしょりますけど、思春期における自立に失敗しているというか、
「これが僕の人格である」というものの獲得に失敗したまま来てしまった
本当は苦しいのに、苦しんでいる状態を自覚できていないのかもしれないです
漫画を描くことがセラピーのようになっている
思春期って限定されていないと思うんです
『惡の華』にあるようなこの感情、もやもや、社会に馴染めない生きづらい感じが、僕の場合は中1とか中2で始まって、今でも続いている部分があります
一応、客観的に分析できるようにはなったとはいえ、終わってはいません
この作品に関しては思春期という言葉がよく言われますが、それはある年代の特有の何かを示しているのではなくて、そうした状態を示しているのだと思っています
たった今“こじらせ”ているような大人にも(惡の華を)読んでほしい
青春って、大人になるとまぶしい事ばかりの様に思えてしまいますけど、実際はしんどい事の方が多いですよね
大人からすると大した事じゃないのに、本人からすると超重要という
大人は「何でもできる」って言うけど、何でもできるわけがないですよね
(10代は)まだ何も決定していないので大人からするとうらやましい
でも、それって子供の目線ではないですよね
押見先生といえば思春期のいびつな葛藤を描く作品が多いので、思春期についてのインタビューが多かったですね
妻に言われたこと【人生を作文にしろ・クソムシ・うんち人間】
実は、中学のときに少しだけ付き合っていた女の子がいたんです。特に何をするでもない、子供の付き合いだったんですけど、
僕は大学に入って初めてできた彼女に対して「自分のすべてを知ってほしい」みたいな思考が働いちゃって、聞かれてもいないのにそのコのことをネチネチ言ってたんですね
そうしたら、彼女がキレて「おまえはなんなんだ。セックスもしてない元カノのことをいつまでもダラダラ言いやがって。おまえがいかに間違った人生を送ってきたか、一回ノートに全部書け」
書きました。キャンパスノートに半分くらい、びっしり
「今までの人生を作文にしろ、反省しろ」と言われ吐き出したことで、初めてストーリーのある漫画を書くことができたという
作文を書き終え、20歳の頃、初めて編集者に漫画を見せると、
「ひどいが、おもしろい」という評価を受けた
「うんち人間」と言われたこともありましたね
漫画でも使いました。仲村さんの家でノートを盗み見た春日に、「早く出てけようんち!!!」(原作20話/4巻収録)っていう
仲村さんは他人やこの世界に対して「クソムシ」と毒づきますが、あれはケンカしたときに、妻から送られてきたメールに書いてあったことで。
ほかにもすごい長文で「おまえはクズだ」「クズ鉄だ」って罵倒してくる
サービス精神のない“ドS”というか(苦笑)
妻からは「おまえは私がいなかったらマンガなんて描けていないんだからな。今頃野垂れ死にしていたはずなんだから、感謝しろよ」と言われてます(笑)
押見先生が21歳のときに結婚した年上の奥さんだそうですが、サブカルにも理解がありながらとにかくズバズバとモノを言う性格だそう
奥さんの存在は押見先生のマンガに大きな影響を及ぼしていると考えられますね!
中学・高校の時の押見修造
どいつもこいつもわかってくれない中学時代
中1の初めくらいまでは何も考えず、平和に学校に行っていました
変わったのは中2ぐらいからです。萩原朔太郎とかボードレールの詩などを読むようになり、自分が「周りとちょっと違うな」という感じがしてきました。話が友達に通じないと
ただ、本のカバーの上にわざわざ自分でその本の題名を書いて、「俺はこんな作品を読んでいるんだぞ」って周りにアピールだけはしていましたけど(笑)
プライドも高かったんですよ。「どいつもこいつもわかってくれない」「みんなバカだ」みたいなところはありました。
一人の世界に閉じこもっていた感じです
クラスメートからは頭を小突かれたりしたりしましたが、避けられたというよりも、 僕の方から避けたという感じです
教室にいても、本に夢中になっていたので、クラスメートからちょっかいを出されても反応しないほど没入していました
高校に入ってからは友だちがいなくなりました
高校に入ってからは、本当に友達がいなくなりました
しゃべる相手もいなくて、孤独の辛さが強くなった。「無」になることによって耐えていました
何もしゃべらず、ただ学校にいて、家に帰ってきてからも、なんとなくやり過ごす
ただ、(実質1人だった)美術部の活動には出ていて、そこで絵を描いているのが、かろうじて楽しい時間でした
好んで一人でいたわけじゃないです。本当は、趣味の話ができる友達が、欲しくて欲しくてたまらなかった
虚空に向かって本を読んだり、絵を描いたりしていたようなものだったので
でも、中途半端な人とは付き合いたくなかった
高2の修学旅行に転機が
覚えているのは高2の修学旅行の夜。創作怪談をみんなに披露しました。
すると、みんなすごい怖がってくれて、そこから話しかけてくれる人も出てきて
みんながワッと盛り上がった時は、すごく嬉しかったです
それまでは、誰の反応もないまま、一人でコツコツ貯めてきた話だったので、反応が返ってきて嬉しかった
一人で過ごしていながらも、ずっと誰かに見て欲しかったし、聞いて欲しかったんです
その他
現在進行形で苦しんでいる人の方が、すごいものを作れると思います
漫画を描き始めた頃、個人的な経験は面白くないんじゃないか、人が寄ってこないんじゃないかと思っていたんです
でも、編集者に伝えたら「それをそのまま描いた方がいい」と言われました
『惡の華』は、精神的自伝みたいな感じです
最近は、ペンのお尻のほうを持つようになって。持ち方で絵柄が変わるなと思ったんですよ
独特な持ち方!
エピソードは以上になりまます
筆者はコレまでに押見先生のこちらの3作についてレビューしています↓
まとめ:天才漫画家・押見修造エピソード厳選まとめ【インタビューの面白い部分、妻に言われたことetc…】
押見先生のエピソードをほとんどそのまま、少し読みやすくしてまとめました
孤独な少年時代、奥さんのドSエピソードや思春期についての捉え方など面白いものがたくさんありました!
漫画家には奇人が多いと言われていますが、例にもれずな感じですね!
他にもこちらの天才漫画家さんについてのエピソードをまとめています
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